COMMEPEDIA
大滝詠一

1948年、岩手県江刺郡(現:奥州市)生まれ。

子供の頃、ラジオから流れてくるアメリカン・ポップスに興味を持ち、FENなどを通じて浴びるように聴いて育つ。

大学受験のために上京し、布谷文夫や竹田和夫らと交流を持ち、その後、細野晴臣らに出会い、1969年にヴァレンタイン・ブルー(後にはっぴいえんどと改称)の結成に加わり、細野、松本隆、鈴木茂と共に活躍。

1970年にアルバム『はっぴいえんど』でプロ・デビュー。

翌年『風街ろまん』を、1972年には米西海岸録音の『HAPPY END』をリリースするが、同年末をもって解散。この直前にソロ活動もスタートさせ、1972年には1stソロ・アルバム『大瀧詠一』をリリース。

またCM音楽制作をアレンジやレコーディング手法の実験の場と位置づけて、1973年からは「三ツ矢サイダー」などのCMを多数手がける。

さらに1975年には自身のレーベル、ナイアガラ・レコードを立ち上げ、シュガー・ベイブをプロデュース。同時期にラジオDJとしての活動も本格化させ、ラジオ関東(現:ラジオ日本)にて『ゴー!ゴー!ナイアガラ』をスタートさせる。

ナイアガラ・レコードでは、歌手(大滝詠一)、ソングライター(大瀧詠一)、アレンジャー(多羅尾伴内)、エンジニア(笛吹銅次)など多くの変名を使い分けながら多彩な活動を続け、1975年から78年までの間に『NIAGARA MOON』『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』『GO! GO! NIAGARA』『NIAGARA CM SPECIAL Vol.1』『NIAGARA CALENDAR』『LET'S ONDO AGAIN』などの自身のアルバムと、シリア・ポールの『夢で逢えたら』などの名盤を世に送り出すが、セールス的な不調から一時活動を休止。

なお並行して、作家として吉田美奈子やかまやつひろし、沢田研二などに曲を提供。1980年代に入ると活動を再開し、1981年には『A LONG VACATION』をリリース。

このアルバムは大ヒットを記録し、次いで1982年の杉真理&佐野元春とのコラボ盤『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』や、1984年のソロ・アルバム『EACH TIME』でも大成功を収め、曲提供でも松田聖子の「風立ちぬ」や、森進一の「冬のリビエラ」、小林旭の「熱き心に」、薬師丸ひろ子の「探偵物語」など多くのヒット曲を世に送り出す。

さらに映画や落語、ポップス史などの研究でも知られ、現在はリイシューなどを中心にマイペースで活動中。

最新作は2003年リリースの「恋するふたり」。