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Vol.5:田中重徳さんを迎えて(1/4)

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YAMAHAという楽器メーカーの立場からミュージシャンを支えてきた田中重徳さんをお迎えしての第1回目。立夫さんとの出会いから、はっぴいえんど、シュガーベイブなど、日本のロック・ポップス黎明期のエピソードを伺いました。

  • Vol.5:印象に残るアーティスト・これからのライフスタイル(4/4)

    Vol.5:印象に残るアーティスト・これからのライフスタイル(4/4)印象に残る海外アーティスト/ビリー・シーンはプロフェッショナル/スティーブ・ガッドに逢った時の驚き/ネイザン・イーストはナイスガイ/マイケル・ジャクソンの秘話/ジャクソンズのビクトリーツアーをサポート/主役は楽器。黒子に徹することを意識/今後、日本史の勉強をしたい/

  • Vol.5:坂本龍一さんとのMIDI付ピアノ秘話(3/4)

    Vol.5:坂本龍一さんとのMIDI付ピアノ秘話(3/4)昔のように親類が集まる場所と機会が少ない/人との距離感を学ぶ/この世代が教えていかないといけない/会社も人材育成がとっても大事/幼稚園の送り迎えが娘との対話の時間/坂本龍一さんとのMIDI付ピアノ秘話/YAMAHAは世界中探してもどこにもない不思議な会社/

  • Vol.5:バンド・コンテスト「EastWest」エピソード(2/4)

    Vol.5:バンド・コンテスト「EastWest」エピソード(2/4)林立夫さん・鈴木茂さんが審査員/毎月ヤングステージに出演していたサザンオールスターズ/田中さんならではの審査員キャスティング/GROOVE DYNASTY開催のヒント/ワクワクする音作りがなくなった/今はコミュニケーションがとり難くなってる/加藤和彦さんからの電話

  • Vol.5:田中重徳さんを迎えて(1/4)

    Vol.5:田中重徳さんを迎えて(1/4)YAMAHAで37年/最初の出会いは細野さん/渋谷・道玄坂の「YAMAHA」が寄り道先だった/日本語のふぉーくとろっくのライブ/学生時代にGAROのマネージャー/昔はライブハウスがなかった/斎藤ノブさん、高中正義さん、細野晴臣さんの音楽教室/キャラメル・ママと泉谷しげるさんのライブ

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注釈

より深く番組が理解できるコメトーク!番組中に出てきた言葉の注釈をお楽しみ下さい。

田中重徳

1949年北海道生まれ。1971年、日比谷野音にて「日本語のろっくとふぉーく」のコンサートを仲間と企画・運営。「ガロ」のマネージャーを担当を経て、1973年、卒業後、ヤマハ株式会社入社(当時は日本楽器製造株式会社)。直営店ヤマハ渋谷店楽器係配属時に細野春臣・鈴木茂・林立夫他と知己を得る。1976年「EastWest」バンドコンテスト企画・運営。その後、商品企画・AR・本社営業等を担当。2009年7月末定年退職。現在は契約社員として引続きヤマハで勤務。

YAMAHA
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ヤマハ株式会社。1887年創業。楽器・半導体・スポーツ用品・自動車部品メーカー。音・音楽に関連する楽器、AV機器、音楽教室などの領域を中心に様々な分野で、事業展開しているグローバルメーカー。

YAMAHA 渋谷店
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日本楽器製造(ヤマハ)直営店として、1966年に渋谷区道玄坂にオープン。<words 長門芳郎>

細野晴臣
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1947年7月9日生まれ。東京都出身。ベーシスト、シンガーソングライター、作曲家、音楽プロデューサー。多摩美術大学美術学部芸術学科客員教授。1969年、エイプリル・フールのベーシストとしてデビュー。その後、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂とはっぴいえんどを結成。はっぴいえんど解散後、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆とキャラメル・ママ(後にティン・パン・アレーと改名)を結成。演奏・プロデュースチームとして多数のアーティストの楽曲に参加。1973年、ソロ・アルバム『HOSONO HOUSE』発表。1978年、高橋幸宏、坂本龍一とYMO結成。1983年、YMO散開以後、ソロ活動以外に、プロデューサー、楽曲提供、レーベル設立など精力的に活動。2007年9月「FLYING SAUCER 1947」を発表。2008年芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

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鈴木 茂
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1951年12月20日生まれ。東京都出身。はっぴいえんど、キャラメル・ママ、ティン・パン・アレー、数多くのレコーディングに参加してきた名ギターリスト。アレンジャーとしても活躍。

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松任谷正隆
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1951年11月19日生まれ。東京都出身。音楽プロデューサー、作曲家、アレンジャー。マイカ・ミュージック・ラボラトリー校長。東京工科大学メディア学部客員教授。1971年、吉田拓郎のアルバム「人間なんて」に参加。1973年、細野晴臣、鈴木茂、林立夫とキャラメル・ママ(後に「ティン・パン・アレー」と改名)に参加。以後、アレンジャー、プロデューサーとして多くのアーティストの作品に携わる。モータージャーナリストとしての顔も持ち、「CAR GRAPHIC TV」のキャスターを務めるなど、自他共に認める車好き。「日本カー・オブ・ザ・イヤー」の選考委員でもある。

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日本語のふぉーくとろっくのコンサート

1970年〜1972年の間、日比谷野外音楽堂で開催されたコンサート・シリーズ。主な出演者は岡林信康、はっぴいえんど、遠藤賢司、頭脳警察、はちみつぱい等。<words 長門芳郎>

小坂 忠
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1948年東京生まれ。1966年、ロックグループ「ザ・フローラル」でデビュー。後に、細野晴臣、松本隆らとともに「エイプリルフール」を結成。75年に名盤「HORO」をリリース。この作品はリズム&ブルースの元祖的な作品としても現在でも日本の音楽界に影響を与えている。2009年3月、アルバム「Connected」発売と同時に42年の軌跡をたどる、CDと秘蔵映像による10枚組BOXセットも発売。

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フォー・ジョー・ハーフ

1972年に小坂忠のバック・バンドとして結成された。メンバーは、林立夫(ドラムス)、松任谷正隆(キーボード)、駒沢裕城(ペダルスティール)、後藤次利(ベース)。<words 長門芳郎>

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小原 礼
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1951年11月17日生まれ。東京都出身。高校時代に鈴木茂、林立夫と「スカイ」を結成。1971年、「サディスティック・ミカ・バンド」に参加。脱退後、1974年に林立夫、大村憲司らと「バンブー」を結成、その後、数多くのバンドに参加。2006年、木村カエラを迎え「サディスティックミカバンド」が再々結成したのは記憶に新しい。2008年、加藤和彦、土屋昌巳らと「Vitamin-Q featuring ANZA」を結成。

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後藤次利
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1952年2月5日生まれ。東京都出身。1972年小坂忠のバック・バンド「フォー・ジョー・ハーフ」に参加。1975年、「サディスティック・ミカバンド」に参加。1976年、高中正義氏、高橋幸宏氏と「サディスティックス」を結成。1979年、沢田研二「TOKIO」でレコード大賞編曲賞を受賞。1980年代以降、作曲、編曲家、プロデュースなど幅広い分野で活躍。2003年より、ソロを含めた複数のユニットでベーシストとしての活動を本格的に再開。

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大貫妙子
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1953年11月28日生まれ。東京都出身。1973年に山下達郎、村松邦男らとシュガー・ベイブを結成。シュガー・ベイブ解散後、1976年、アルバム『グレイ・スカイズ』でソロ・デビュー。日本のポップ・ミュージックにおける女性シンガー&ソング・ライターの草分けのひとり。CM・映画音楽関連も多く、映画「Shall we ダンス?」のメイン・テーマや「東京日和」の音楽プロデュースなども担当。また、南極、アフリカ、インド、タヒチ、タスマニアなど辺境の地を旅し、その紀行文や日々の考えを綴ったエッセイなどの著作も多い。自ら農作業を行い、東洋医学に基づく健康管理を実践するなど行動派アーティストとして知られる。

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BYG
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渋谷道玄坂、百軒店にある伝説的なロック喫茶。70年代初期、はっぴいえんど、はちみつぱい、遠藤賢司、頭脳警察らのライヴが行なわれ、渋谷のロック拠点的存在になった。<words 長門芳郎>

はちみつぱい

メンバーは、鈴木慶一、渡辺勝、本多信介、武川雅寛、和田博巳、かしぶち哲郎、駒沢裕城、岡田徹、椎名和夫。1971年「蜂蜜ぱい」と名乗り、1972年春、「はちみつぱい」に改名。1973年11月、ファーストアルバム『センチメンタル通り』をリリース。1974年、解散。2009年10月21日に9枚組CDボックス・セット「THE FINAL TAPES はちみつぱいLIVE BOX 1972-1974」が発売された。

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鈴木慶一
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1951年8月28日生まれ。東京都出身。1972年に「はちみつぱい」を結成。1974年、解散。1975年、「ムーンライダーズ」を結成。1976年、アルバム「火の玉ボーイ」でデビュー。ムーンライダーズの活動と並行して、自身のソロ活動や高橋幸宏とのユニット 「The Beatniks」、映画「座頭市」の映画音楽制作など、他にもCM、ドラマ出演など、幅広く活動。2009年7月に「シーシック・セイラーズ登場!」をリリース。

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坂本龍一
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1952年1月17日生まれ。東京都出身。1978年、ソロアーティストとしてデビュー。同じ年、細野晴臣、高橋幸宏らとYMOを結成。1983年"散開"。1988年、ベルナルド・ベルトルッチ監督の「ラストエンペラー」でアカデミー賞作曲賞受賞。2009年3月、全24公演のライブ音源を終演後、最短24時間でiTunes Storeにて配信したことでも話題になった。

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高橋幸宏
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1952年6月6日生まれ。高校時代からスタジオ・ミュージシャンとして活動を開始。1972年、「サディスティック・ミカ・バンド」 に参加。その後、「サディスティックス」を経て、1978年2月、細野晴臣、坂本龍一と共に「イエロー・マジック・オーケストラ」を結成。1983年12月、活動を休止。現在、「HASYMO」として活動。ソロとしては1978年のアルバム「Saravah!」以降、通算22作品目となる「Page By Page」を2009年3月にリリース。 今回の小坂忠の「Connected」では、ドラマーとして参加している。

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GARO

松崎しげるらと「ミルク」というバンドを組んでいた堀内護(愛称:MARK)と日高富明(愛称:TOMMY)に大野真澄(愛称:VOCAL)加わり結成。かまやつひろしのバックバンドを経て、ミッキー・カーチスプロデュースで、1971年、シングル「たんぽぽ」でデビュー。同年11月、アルバム「GARO」をリリース。1973年「学生街の喫茶店」(山上路夫作詞、すぎやまこういち作曲、大野克夫編曲)が大ヒット。1976年解散。1986年9月20日、日高富明が死去。近年、ロックバンドとしても再評価されている。

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シュガー・ベイブ

山下達郎、大貫妙子、村松邦男、鰐川己久雄、野口明彦の5人により、1973年に結成。1975年4月には、発足したばかりのナイアガラ・レコード第1弾アーティストとしてシングル「DOWN TOWN/いつも通り」とアルバム『SONGS』をリリース。1976年4月1日の荻窪ロフトでのライヴをもって解散。<words 長門芳郎>

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武田鉄矢
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1949年4月11日生まれ。福岡県出身。歌手、俳優、タレント、作詞家。1972年10月25日、千葉和臣・中牟田俊男らと「海援隊」でデビュー。1973年「母に捧げるバラード」がヒット。1979年、TVドラマ『3年B組金八先生』のヒットとともに主題歌「贈る言葉」が大ヒット。1982年解散。後に再結成。

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ダウン・タウン・ブギウギ・バンド

宇崎竜童が結成。「スモーキン・ブギ」(1974年)「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」(1975年)などのヒットがある。<words 松永良平>

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川上源一

1912年1月30日 - 2002年5月25日。日本楽器製造株式会社(現:ヤマハ株式会社)の第四代社長。ヤマハ発動機株式会社創業者。ヤマハポピュラーソングコンテスト、世界歌謡祭を開催し、数多くのミュージシャンを世に出す機会を与え、1970-80年代の日本のフォーク・ロック界に大きな功績を残した。

ヤマハ音楽教室
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ヤマハ株式会社が全国に展開し、多くの拠点を持つ子供・大人向けの音楽教室。インターネットを使って自宅で受講できるオンラインレッスンもある。

斎藤ノブ
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1950年11月6日生まれ。京都府出身。パーカッショニスト・音楽プロデューサー。1967年、上京、浜口庫之助に師事。1968年、下田逸郎と「シモンサイ」を結成。1970年、『モーニング・サービス』でデビュー 。スタジオ・ミュージシャンとして数多くのレコーディングに参加。2006年、夏木マリとGIBIER du MARI を結成。2008年11月、31年ぶりにソロ名義のアルバム『Zen』をリリース。

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高中正義
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1953年3月27日生まれ。東京都出身。ギタリスト、ミュージシャン、音楽プロデューサー。1971年、つのだ☆ひろや成毛滋が在籍したプログレッシヴ・ハードロック・バンド「フライド・エッグ」のベーシストとして、アルバム『ドクター・シーゲルのフライド・エッグ・マシーン』でデビュー。解散後の72年「サディスティック・ミカ・バンド」に参加。76年、初のソロ作『セイシェルズ』をリリース。1981年『虹伝説』が大ヒット。2000年、自身のレーベル「ラグーン・レコード」を設立。

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青山タワーホール
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1969年に吉村順三の設計で建築された青山タワービル内にあった多目的ホール。ライヴの名所でもあった。<words 松永良平>

鈴木茂とハックルバック

1975年1月に結成された鈴木茂率いる4人組。メンバーは鈴木茂(G/V)、佐藤博(Kbd/V)、田中章弘(B)、林敏明(D)。 <words 長門芳郎>

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キャラメル・ママ

はっぴいえんど解散後、1973年に細野晴臣が鈴木茂、林立夫、松任谷正隆と結成したグループ。74年には、ティン・パン・アレーと改名。 <words 長門芳郎>

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泉谷しげる
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1971年にデビュー。初期はフォークで「春夏秋冬」など珠玉の名曲を残した。反骨心あふれる活動はロック界からも支持が厚い。<words 松永良平>

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ニニ・ロッソ

1926年9月19日 - 1994年10月5日。イタリア・トリノ出身。ジャズトランペット奏者、作曲家。1962年にレコーディングされた「さすらいのマーチ」がカバーされ、映画『前進か死か』のテーマ曲に採用され、大ヒット。「夜空のトランペット (Il silenzio)」は、イタリア、ドイツ、オーストリア、スイスでチャート1位を獲得。1967年以降は日本に度々来日。1994年に腫瘍の為、死去。

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